東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3307号 判決 1970年2月04日
原告
藤田吉三郎
代理人
坂根徳博
被告
関口重治
代理人
楢原英太郎
主文
1 被告は、原告に対し一四六万四六三一円およびうち一二九万四六三一円に対する昭和四二年九月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 原告のその余の請求を棄却する
3 訴訟費用は、これを二分してその一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の申立
一 請求の趣旨
被告は、原告に対し三四一万円およびうち二九五万円に対する昭和四二年九月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
との判決ならびに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
(一) 事故の発生
原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて負傷した。
1発生時 昭和四二年四月二四日午後八時三五分ごろ
2発生地 東京都板橋区板橋四丁目一三番三号先道路上
3加害車 普通乗用車自動車(五ね九二九三号)
運転者 被告
4被害車 オートバイ(台東区ま三八三四号)
運転者 原告
5態様 加害車と被害車が接触
(二) 責任原因
被告は、加害車をその用務に使用してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条本文に基づき本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
原告は、本件事故によつて顔面挫傷、左膝挫傷、左下腿下部端複雑挫傷兼開放骨折、左足関節開放脱臼の傷害を負い、都外科医院に事故当日の昭和四二年四月二四日から同年八月二八日まで入院、翌二九日から同年一二月二三日まで通院し、また、マツサージ治療院に同年八月三〇日から昭和四三年一月二六日まで通院してそれぞれ治療を受け次の如き障害を遺して治癒した。(1)左足関節が強直して用を廃している。(2)左足のかかとを中心とする一帯が常時しびれ感覚が鈍麻している。(3)左足のかかとを中心とする一帯が極めて醜悪な傷跡になつている。そして右後遺障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級七級に該当するものである。そして右の損害額は次のように算定される。
1治療関係費 六四万円
原告は、右の傷害の治療に伴い診療費、付添婦料、通院費、諸雑費、マツサージ料、マツサージ施術のための交通費として右の金額を要した。
2休業補償費 八万円
原告は、焼きするめの加工、販売業およびアパート賃貸業を営み、本件事故当時一カ月平均二万円の収入を得ていたが、前記傷害の治療に伴ない昭和四二年五月一日から同年八月三一日まで右業務に従事することができず、その間右金額の収入を得ることができなかつた。
3将来の逸失利益 一二六万円
原告は、前記後遺障害により、次のとおり将来得べかりし利益を喪失した。その額は万円未満を切り捨ると右の金額になる。
(1)生年月日 明治四三年八月一二日
(2)稼働可能年数 八年
(3)労働能力喪失の存すべき期間
全稼働可能期間
(4)労働能力の喪失率
事故前の八〇パーセントを喪失
(5)右喪失率による毎年の損失額
一九万二〇〇〇円
(6)年五分の割合による中間利息の控除
昭和四二年八月三一日を基準日としてホフマン複式年ごと計算法による
4慰謝料 二〇〇万円
5損害の填補
原告は、被告から治療関係費として六四万円、自賠責保険から後遺障害補償費として三九万円の支払いを受けた。
6弁護士費用 四六万円
以上のとおり原告は被告に対し二九五万円の賠償を請求しうるところ、被告は任意の弁済に応じないので、原告は昭和四三年三月五日東京弁護士会所属弁護士板根徳博に本訴の提起と追行を委任し、同会弁護士報酬規定に則り手数料および謝金として各二三万円を第一審判決言渡日に支払うことを約した。
(四) 結論
よつて、原告は被告に対し三四一万円およびこれから前記(三)の3の弁護士費用を控除した二九五万円に対する前記(三)の2の(6)の中間利息控除の基準日の翌日である昭和四二年九月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
請求原因第(一)、(二)項は認める。
同第(三)項中、冒頭の原告が負傷して都外科医院に入・通院し、またマツサージの治療を受けたこと、1の原告が治療関係費として六四万円を要したことおよび4の原告がその主張のような損害の填補を受けたことは認めるが、原告の傷害の部位・程度(入・通院の期間を含む。)および5の弁護士費用は不知。その余の事実は否認する。原告の後遺障害の程度は労災規則別表第一の障害等級一〇級に該当するものにすぎないうえ原告は本件事故以前にも交通事故に遭遇して右膝付近を骨折する傷害を負つておりそれが本件事故による傷害の程度(治療日数や後遺障害の程度)を拡大している。
同第四項は争う。
三 抗弁
本件事故発生地は巣鴨方面から志村方面に通ずる中仙道と呼ばれる道路と北園高校方面から中仙道に通ずる道路との交差点(以下、本件交差点という。)上であつて、右交差点は交通整理が行われておらず、かつ、左右の見通しが悪い。被告は加害車を運転して北園高校方面から進行して本件交差点を右折すべく右交差点手前で一時停止して左右の安全を確認したところ右方の中仙道上に地下鉄工事のやぐら囲いがあつて右方の見通しが十分できなかつたが車の流れも完全に絶え被害車も認めなかつたので右折の合図をしながら発進し約3.4メートルに進行したとき右方、志村方面から相当早い速度で本件交差点に向つて進行してくる被害車を発見して危険を感じ急制動の措置をとつて衝突を回避しようとしたが及ばず加害車の前部の被害車の左側面に接触させたものであるが、本件事故の発生については原告にも前方、左右の安全の確認を怠りしかも適切なブレーキその他の操作を施さなかつた過失があるので原告の賠償額の算定にあたつての右過失を相当程度斟酌すべきである。
四 抗弁に対する答弁
抗弁事実は、本件交差点の概況を除き否認する。
第三 証拠関係《省略》
理由
一(事故の発生および被告の責任)
請求原因第(一)、(二)項については当事者間に争いがないから被告は自賠法三条により原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。
二(過失相殺)
本件交差点の概況について原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そして《証拠》によれば、次の事実を認めることができる。
本件交差点およびその付近の道路状況の詳細は別紙図面のとおりである。そして本件交差点付近の中仙道は直線平坦なアスフアルト舗装道路で車両等の最高速度について毎時四〇キロメートルの制限があるほかは特別の交通規制はない。
原告は、被害車を運転して中仙道を志村方面から巣鴨方面に向つて車道の左側部分の左側端から約四メートル中央寄りを時速約三〇キロメートルで進行し本件交差点に差し掛つたところ左前方二〇―三〇メートルの北園高校方面から同交差点に通じる道路上に右交差点に向つて進行してくる加害車を認めたが、自車の進行している道路の方が加害者の進行している道路より明らかに広い道路であるところから加害車が一時停止をして被害車を通過させてくれるものと即断して加害車の動静に対する注視を怠つたまま進行を続け再び左方約一メートルの地点に右交差点の中央に向つて進行してくる加害車を認めた直後加害車の前部に自車の左側部を衝突させた<証拠判断―省略>そうとすると原告には本件事故の発生について加害車の動静に対する注視を怠つた過失があるというべきであるから(広路にある車両の通行優先権は絶対的なものではなく、右車両の運転者といえども狭路にある車両に対する注視義務を負わないものではない。)。賠償額の算定にあたつては原告の右過失を斟酌しなければならない。しかし<証拠>によれば、被告は、加害車を運転して北園高校方面から本件交差点に向つて進行し、右交差点を右折して志村方面に向うべく交差点の手前で一時停止をしたが、中仙道上の車両等の通行が途絶えたので左右の安全を十分確認しないまま発進して右交差点の中央に向つて時速五―六キロメートルで進行したところ、右方数メートルの地点に前記被害車をはじめて発見して危険を感じ、咄嗟にブレーキを踏んだが及ばずに前記のとおり衝突したことが認められ、<証拠判断―省略>本件事故の発生については被告にも右方の安全の確認を怠つた過失があるといわなければならない。そして原告の前記過失を被告の過失と対比すると、その割合はおおよそ前者の二に対し後者の八と認めるのが相当である。
三(損害)
<証拠>によれば、原告は本件事故によつて顔面、左膝部挫創、左下腿開放骨折、左足関節開放脱臼の傷害を負い、都外科に昭和四二年四月二四日から同年八月二八日まで一二七日間入院し、退院後も同年一二月二三日まで通院して一〇回にわたり治療を受けるかたわら、復元強健康法研究所において同年八月三〇日から昭和四三年一月二六日まで八七回にわたりマツサージの施術を受け、
(1) 顔面鼻稜部に三センチメートルの線状瘢痕
(2) 左足関節が後記(3)の瘢痕拘縮により底屈一一〇度、背屈一一〇度
(3) 左足関節部前面から内側面にかけて幅約五センチメートル、長さ約一八センチメートルの瘢痕および該部に褐色の色素沈着
(4) 左足指が第一指は微動するが第二ないし第五指は自動運動不能
(5) 左脛骨の変形治療骨折
の障害を遺して治癒したことが認められる(被告は、原告は本件事故以前にも交通事故によつて右膝付近を骨折し、それが本件事故による傷害の程度を拡大している旨主張し、<証拠>によれば、原告は昭和三九年一二月に交通事故に会い、右脛骨顆外傷性脱臼等の傷害を負つたことが認められるが、<証拠>によれば、原告の右傷害は本件事故当時既に後遺障害なしに治癒していることが認められるうえ、右傷害の部位は前記本件事故による傷害の部位と異なるものであるから、被告の右主張は採用の限りでない。
右事実によれば、(2)の後遺障害は自賠法施行令二条別表等級第八級に、(4)のそれは同第九級に、(5)のそれは同第一二級にそれぞれ該当するものと認定すべきところ右障害は同一下肢と足指の機能障害であるから右別表備考六号により同七級の後遺障害に相当するものというべきである。<証拠判断―省略>
そこで次にその損害額を算定することする。
(一) 治療関係費等
本件事故により原告に生じた治療関係費、休業損害、逸失利益は以下のとおり合計一〇三万〇七八九円であるが、本件事故の発生については原告にも前記のように過失があるから、これを斟酌すると、原告が被告に対し賠償を請求しうる右費目に関する損害額は八二万四六三一円とするのが相当である。
1 治療関係費
原告の前記傷害の治療に伴う費用として六四万円を要したことは当事者間に争いがない。
2 休業損害
<証拠>によれば、原告は本件事故当時焼きするめの加工・販売業を営み年間一〇万二七六六円の純益を挙げ、また、自己所有の建坪132.23平方メートル(四〇坪)の建物の約七〇パーセントを倉庫あるいはアパートとして賃貸し減価償却費等の経費を控除して年間六二万九六五三円の純収入を得ていたこと、焼きするめの加工、販売業は原料であるするめ等の仕入、その加工、製品である焼きするめの注文取り・配達・集金等の販売の業務に大別され、右の加工は、するめの選別、その煮付け、焼上げ・押圧、焼するめの袋詰めの過程を経て行なわれて、右の一過程に要する時間は仕事の段取りの時間も入れると約四時間にわたり、とくに焼き上げる仕事には三人の人員を必要とし、しかも終始立つたまま行なうものであること、右業務のうち仕入れと販売は原告が一人で行ない、加工の仕事も原告が中心となつて妻の訴外藤田チヨ(以下、チヨという。)や長男の嫁等家族の協力を得て行なつており右純益を挙げるための原告の寄与分は六〇パーセント程度であること、右賃貸建物の管理は原告およびチヨがほぼ半々の割合で分担しており、単に賃貸借契約の締結や賃料の受領に止まらず、電気・水道ガスのメーカーを調べて賃借人毎の料金を割り出したり、人の出入りを監視したり、水道・下水道の簡単な修繕などをもしていたことが認められるところ、原告が本件事故による傷害のため昭和四二年四月四二日から同年八月二八日まで入院し、退院後も同年一二月二三日まで一〇回にわたり通院して治療を受けるかたわら翌四三年一月二六日までマツサージの施術を受けたことは前記のとおりであり、<証拠>によれば、右退院後昭和四二年一二月二三日まではほとんど毎日マツサージの施術に通つていることが認められる。そして右事実によれば、不動産の賃貸による収入の総てが投下資本の利息に相当するものとみるのは適当ではなく、原告およびチヨの労働の対価とみられる部分も含まれているとみるべきところその占める割合は右賃貸建物の規模、管理業務の内容等を考慮すれば、おおよそ一〇パーセント程度とみるのが相当であるから、原告は前記傷害の治療に伴ない同年四月二四日から同年一二月二三日ごろまでは全くあるいはほとんど稼働することができず、その間七万八八九七円の収入を得ることができなかつたものと認められる。<証拠>によれば、原告の右休業期間を含む昭和四二年中も原告は焼きするめの加工・販売業による純益として九万九〇七六円、建物の賃貸による純収入として六七万五五〇一円(ただし、その管理業務によるものはうち一五パーセント程度と考えられる。)を得ていたことが認められるが、<証拠>によれば、その大部分は、チヨやその他の家族の努力によつて得られたものであつて、原告自身の労働の対価としては本件事故以前の前記寄与分程度にすぎず、したがつて原告名義で昭和四二年に右の如き収入があつたことをもつて前記休業損害の認定を妨げるものとはいえないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 逸失利益
<証拠>よにれば、原告は明治四三年八月一二日生まれの男性であるが、前記後遺障害により前述した焼きするめの加工・販売業務のうちのするめの焼上げや販売の仕事および賃貸建物の管理業務のうちの修繕等の仕事に従事し得なくなつたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は昭和四二年一二月二四日以降もなお八年間右の業務に従事して前に認定した程度の収入を挙げ得たところ右後遺障害により事故前に有した労働能力を四〇パーセント程度喪失したためそれに応じて右収入も四〇パーセント程度喪失するものと推認されるが、原告はこれを同月二三日を基準日にして一時に請求するものであるから複式(年別)ホフマン計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は三一万一八九二円になる。
(二) 慰謝料
前記本件事故の態様、なかんずく原告と被告の過失割合、原告の傷害、とくに後遺障害の部位・程度等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料額は一五〇万円とするのが相当である。
(三) 損害の填補
原告が被告から治療関係費として六四万円、自賠責保険から後遺障害補償費として三九万円計一〇三万円の支払いを受けたことは当事者間に争いないところ、身体の侵害による損害賠償請求権は一個と解すべきであるから、特段の事情のない限り弁済の充当に関する当事者の主張は意味がないので、右弁済金一〇三万円は以上の損害額二三二万円四六三一円について填補されたとみるべきである。
(四) 弁護士費用
以上のとおり原告は被告に対し一二九万四六三一円を請求しうるものであるところ、<証拠>によれば、被告は任意の弁済に応じないので、原告は昭和四三年三月五日弁護士である本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し手数料および謝金として各二八万円を本判決言渡の日に支払う債務を負担したことが認められるのが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担さすべき弁護士費用としてはうち一七万円とするのが相当である。
(四) 結論
よつて、原告の被告に対する本訴請求のうち一四六万四六三一円およびこれから前記弁護士費用を控除した一二九万四六三一円に対する本件事故発生の日以後である昭和四二年九月一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)